今回は国会議員の高市早苗議員の家族構成について調査してみました。
名の通る国会議員の顔ぶれは、政治家二世の議員が圧倒的に多い印象ではありますね。
日本の国会を代表する高市早苗議員はどのような家族構成や生い立ちを持っているのでしょうか。
早速、高市早苗議員の家族構成と生い立ちに迫ってみましょう。
高市早苗の結婚するまでの家族構成

出典: pintarest
高市早苗議員が結婚するまで、つまり実家の家族構成をまずは紹介します。
- 父親
- 母親
- 弟(6歳下)
高市早苗議員は、父親、母親、6歳下の弟の4人家族の長女として、奈良県の大和郡山市筒井町に誕生しています。
高市早苗議員の父親はサラリーマンで母親は、警察署勤務の公務員と言う共働きの一般家庭に育っています。
二世議員が多いイメージの自民党ですが、高市早苗議員はごく普通の家庭環境で育っていました。
そのような家庭環境に育ったは、国民の目線に寄り添える大きな武器かもしれません。
父親と母親、弟についてもう少し詳しく見ていきましょう。
高市早苗の父親
高市早苗議員の父親は高市大休さん。
高市早苗議員の父親の大休さんは2013年に79歳で他界しています。
大休さんは設備機械メーカーに勤務するサラリーマンで営業を担当していたそう。
現役時代の大休さんは、顧客から連絡が入るとどんなに遠方でも深夜であろうが日曜日であろうが、車を飛ばして顧客の元に向かったと言います。
また、教育にも熱心で、教育勅語(きょういくちょくご)を全文暗記しており、高市早苗議員が小学校に入学する前から繰り返し教えられて育ったそうです。
※参考までに「教育勅語とは」、明治天皇が国民道徳の根本として配布した教育に関する事柄のススメみたいなものと解釈していいかと思います。
高市早苗議員は両親から人間として最低限のモラルを教えてもらったと振り返っています。
主に次のような事柄です。
- 「他人様に迷惑をかけることは絶対にしないこと。早苗ちゃんが過ちを犯したら、家族全員がお天道様の下を歩けなくなるのだよ」
- 「職業に貴賤は無いよ。汗水たらして真面目に働くことが尊いのだよ」
- 「陰で他人の悪口を言わないこと。言いたいことは直接本人に伝え、その場合も、相手の気持ちをよく考えること」
- 「毎日、ご先祖様に感謝をすること」
- 「食べ物は粗末にしないこと」
- 「学校では、先生の教えに従うこと」
- 「家族も集団生活なのだから、他の家族が不愉快になる振る舞いはしないこと
幼い頃の両親の教えが何十年経った今でもスラスラと出てくると言うことは、それだけ数多く繰り返し繰り返し、教え込まれたたことでしょう。
また、高市早苗議員は政治家を目指した時に、「決して個人攻撃しないこと」 と強く念を押されたそうです。
一度目の選挙では落選。
二度目の挑戦となった選挙戦で、高市早苗議員が夜中に帰宅した際に、キッチンのテーブルに、
「俺の退職金は、選挙費用の足しに全部使ってよい。イライラせずにやれ。自信を持って! 握手、お辞儀を忘れるな。気楽にやれ」
と書かれた手紙が置いてあったそうです。高市早苗議員は、その手紙を泣きながら握りしめ、政治家になることを心に誓いました。
平成5年32歳で挑んだ選挙戦で見事に初当選を果たしています。
厳しくも温かく、娘の政治活動を見守る懐の深い父親像が浮かばれます。
高市早苗の母親
高市早苗議員の母親は和子さん。
昭和一桁生まれで、警察署に勤務していました。
昔で言う職業婦人ですね。
職場では、誰よりも早く出勤し、同僚の机を拭いたり花を飾ったりと、誰よりも仕事をこなしていたと言います。
母親は食べ物を決して粗末にしない人で、仏様に供えたご飯も無駄にせずに、お茶漬けにして感謝しながら固くなったご飯を食べていたそうです。
高市早苗議員はそんな母親の姿が、最高の食育となったと振り返っています。
高市早苗議員は、日本人としての生き方」の基本は両親の姿を見て学んだと確信していると言うことです。
高市早苗の弟
高市早苗議員は6歳下の弟の二人兄弟です。
高市早苗議員の弟は高市友嗣さん。
友嗣さんは政務秘書官として自民党本部の職員として勤務した後、高市早苗議員の秘書や山本拓議員の秘書を務めています。
- 1993年~高市早苗議員の秘書
- 2003年~山本拓議員の秘書
高市早苗議員の弟、友嗣さんが2003年に山本拓議員の秘書になったこがご縁となり、高市早苗議員は山本拓議員と結婚に至っています。
高市早苗の子供は連れ子の3人
弟の友嗣さんのご縁で結婚した高市早苗議員と山本拓議員。
2004年に結婚していますが、実は山本拓議員は再婚で3人の子供を連れての結婚でした。
高市早苗議員は初めての結婚でいきなり3人の子供の母親となったのです。
ちなみに、市早苗議員と山本拓議員の間には子供はいません。
高市早苗議員と山本拓議員の最初の結婚は、一度破綻しています。
夫婦で国会議員というのもなかなか難しい部分があるようで、政策や信条など意見の食い違いなどで、2017年に離婚となりました。
この離婚は円満な離婚だったようで、離婚後も高市早苗議員は山本拓議員の地元に顔を出したり、親戚付き合いも継続していたそう。
そして、山本拓議員が政界を引退したことを機に2021年に再婚しています。
この再婚で、山本拓議員が婿養子に入り高市早苗議員の姓になっています。
高市早苗議員の子供は、山本拓議員の連れ子の3人です。
- 長女:涼子(一般人)
- 長男: 健(福井県会議員)
- 次女: 杏子(一般人)
三人とも家庭を持っており、4人の孫もいるとのこと。
血の繋がりはなくても、高市早苗議員は本当の親子のように家族関係は円満だそう。
そのような背景からも、高市早苗議員の人情味あふれる優しく理解のある人柄が垣間見えるようです。
高市早苗の結婚のエピソード

出典:日刊スポーツ
前述した通り、高市早苗議員の結婚相手は同じ政治家の山本拓議員で、山本拓議員は再婚でした。
2004年に結婚した時に高市早苗議員は43歳。
このことで、山本拓議員は披露宴はしなくてもいいのでは?と言う考えだったそうです。
しかし、高市早苗議員は、「私は初婚やで!一生に一度はウェディングドレスを着てみたい。」と押し切り、披露宴を決行。
この時に、山本拓議員とお付き合いのあったデザイナーの桂由美先生から「私にウェディングドレスを作らせて!」と申し出があったそう。
高市早苗議員は桂由美先生のドレスの「由美ライン」を意識して、懸命に腹筋運動に取り組んだそうです。
後になって当時の写真を見て、腕もウエストも太すぎて、桂由美先生には申し訳なかったと振り返っています。
まとめ・高市早苗の家族構成
高市早苗議員の家族構成について紹介しました。
高市早苗議員の家族構成はサラリーマンの父親と警察署に勤務する母親、弟の4人家族でした。


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